もうがまんならないところに来ているのが、熊野の人間の本音ではあるまいか。黒潮の波の豊かさに魅かれ、この熊野の地に遠つ祖が拠を定めたのは何千年前か。神を畏れ、仏をうやまい、日々清く生きてきた。それがこの有様だ。
汽車がこの間全通したと思ったら、いつの間にか、本数が減った。熊野に<近代>は一番遅くやって来て、一番早く去っていくという事なのか。それなら<近代>が打ち壊した山を返せ。原っぱを返せ。熊野川のあの川原の黒い砂利を返せ。人の情をかえせ。魂をかえせ。
熊野。ここで子宮を蹴って日を浴びた俺も四十。空念仏は要らない。ここが豊かで魂の安らぎと充溢の場所とする為なら立つ。本宮、那智、速玉、三山の僧(氏子)兵とも、水軍(海賊)ともなって、山、海をゆき、熊野を害する者(物)らと戦おう。
【解説】集英社『中上健次全集第15巻』、恒文社21『中上健次エッセイ撰集[青春・ボーダー篇]』に収録。隈ノ會結成イベント発表の際、「紀南新聞」(1987年8月8日号)「新紀日報」などの地方誌を中心に掲載された。この文章は他に結成の経過や意図を記した辻本雄一氏の筆による趣意書(発表時は無記名)、田村さと子氏と尾崎進氏による檄文が付く。イベント当日のパンフレットにもこれらの文が使われている。