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熊野で「魂」を語る
中上健次氏の講演から
ニューヨークで語り合う
「腹立たしい今の熊野」

 中上健次です。十五分の予定で話をするんですけれどもぼく、今年(一九八七年)の正月に、ニューヨークで、ニューヨークで発行している日本人向けの新聞があるんです。OCSニュースという、そういう新聞なんです。そこで、偶々(たまたま)ニューヨークで、本当に偶然に出くわした、ニューヨークのロックフェラーセンタービルの中にある、そこで一番大きい銀行ですけれども、東京銀行というところで、そこで支店長をしている、河村という、ぼくたちの同級生なんですけれどもそれと出くわして、OCSニュースという所が、そういう作家と銀行家がニューヨークで出くわすということが、凄く面白いということで、対談を組んだんですね。その対談の中で、それは紀南新聞に転載になった(※1)と思いますから、皆さん、読んでいらっしやると思うんだけど、その対談の中で、互いに、こう自分達の、血の中に入っている、どうしようもない、こうどうしようもない「熊野性」といいますかね、どうしようもない、きちっとこう、何か物を徹底して考え詰める。そういうことを、身の不運だという話で、慰め合ったことがあるんですけれこも。これはそういうこう、自分達が外で自分達は熊野の中から出てきたんだ、こういうニューヨークという街で、第一線で活躍しているビジネスマンと、それからニューヨークという街で、アメリカ人相手に英語を話して、それで文学を切り結んでるってこと、その人間を、自分達は熊野から来たんだ、熊野の地を確認してるんだけど、じゃあ熊野をふり返ってみると、熊野は何なのか、今の熊野は何なのか、というと本当にぼーっとぼやけてしまってるんです。そのことを、ぼくも河村も、非常に不愉快なこととして、一体熊野、何してるんだ、そういう腹立たしさで、熊野を想い出しましたり最後は、もう、熊野の悪□になって、たぶんそれはカットしてしまったんですけれども。
 ぼく、そういう熊野に対して、今回、たまたま”瓢箪から駒”になって、ぼくらの仲間と洒を飲んでいるときに、いっちょうやっぱり、ここで活(かつ)を入れて、熊野の人間に対しては、本当に何かやろうじゃないか、ということを提案したわけなんです。ということで、この隅ノ會というものができたんです。今日がこの発会式になるわけなんですけれども。

世界で一番大事な場所
魂に昴ぶりを与える地

 ぼくは、その熊野という揚所を、世界の中で、一等大事な場所なんじゃないか、と思うわけです。決して、この日本の中で、熊野が一等大事だというんじゃなくて、世界の中で、世界に対して、メッセージを唯一発することができる場所のひとつではないか、という気がするわけです。ということは、皆さん、ぼくの考えていることというのは、例えば、熊野の意味ということにもつながると思うんですよね。熊野っていうのは、東京、あるいは、昔で言うと、どう言うんですかね、京都っていうのがあります、権力の中心地。その京都の後ろ側です。われわれ紀伊半島の、この一番端の所に、熊野って、できてるんです。もちろん、これは新宮だけを指すんじゃなくて、熊野っていうのは、熊野エリアっていうのは、那智が入り、あるいは古座も入ると思います。ずっーと果無(はてなし)の山の方まで入ると思います。こっち側でいうと、ひょっとすると松阪のあたりまでかも知れない。そういう、とっても大事な所、これをこう例えば、中世の頃に遡(さかのぼ)りますと、つまり一種のメッカ、イスラム教でいうとメッカみたいな場所、聖なる土地だったんです。熊野の中に、何かがある。この熊野は、信仰の中心地みたいな形だったんです。それと、中世の頃だったら、水軍の拠点みたいな所だったんです。あるいは、この、熊野は山賊の拠点みたいな所だったんです。だから、中世の頃で言うと、例えば源平の戦いのときに、熊野の人間がどっちにつくかで、勝敗が決まってしまう、実際に決まってしまったわけです。あの時にもし熊野が平家の方についていると、日本の歴史は相当に違ったはずです。そこまで、実に力を持ってたわけです。そういう熊野、とっても大事な所そういう所なんだけど、今となってみれば、実際その軍隊という、あるいはその軍隊といわな<ても、人と人との交流という、それが完全に近代から取り残されてしまった。ただ一つ唯一残っている、日本のチベットみたいな形で、熊野といわれているわけですけれども、ぼくは、その、一番遅れた、日本のチベットみたいな状態になってる熊野というのは、本当は、一等強いメッセージを外に向かって、あるいは世界に向かって、発することかできる、唯一の場所ではないか、と思うんです。ということは、一番単純に言いますと、熊野にまだ残っているのは、ここはその、魂の、魂がもういっぺん浄化されて魂に昂(たか)ぶりを与える所、魂にバイブレイションを与える所、魂をリフレッシュする所、そういう場所だと思うんです。で、そのことが一番大事なんですよね。本当いうと。

空港や道路が目的ではない
良く生きることをやりたい

 われわれ、例えば高速道路をつけようとしている、あるいは空港を設けようという、それは政治や経済のスローガンですよ。ところが、政治というか皆さん方は、高速道路をつけることが自己目的、目的化してしまう。あるいは空港をつけることが、目的である、本当は、そんなことは目的でも何でもないんです。高速道路をつけて、人間は、例えば経済的に豊かになりたい豊かになるんだけど、豊かになって、それで何をするのかというと、本当は、本当のことっていうと、魂が、生きて良かった、われわれ人生に生を享(う)けて良かった、この陽の光を浴びて良かった、自分達の子供が良く生きてくれる、そのことを、本当はやりたいわけなんです。それが目的なんです。魂の昂(たか)ぶり、魂がこう、本当にこう浄(きよ)らかになって、そうすることが本当の目的なんです。決して高速道路をつけるというのは、その高速道路によって、そういうものに至ることができるんじゃないかという、ところが、いまの政治や経済の人々は高速道迂路がくることによって、お金持ちになる、金儲(もう)けできるんじゃないか、せいぜいその位で止まってしまうんです。
 だから、佐藤春夫が、佐藤春夫という、ぼ<からみたら大先輩の物凄い大事な、日本の詩人であり、作家であった人がいるんです。すでにお分りだと思うんですが、佐藤春夫さんが、あの「大逆事件」(※2)のときに、詩(うた)を詠(よ)んだんです。「愚者の死」っていう詩があるんですよね。その中で、この新宮という町を、商人ばっかりの町だっていう。つまり絶望して言ってるんですよね。ぽくも、そういうことを言いたい。いま、皆、本当のことを忘れている。熊野という、とっても大事な所に生きているのに、本当のことを忘れて、お金、金勘定(かんじょう)ぱっかりしてるんじゃないか。そんなことを、言いたいんですよ、ぼくは。そうじゃない。

ここで生まれた
俺の方が凄いんだ

 例えば、ぽくら、こうニューヨークヘ行ったり、あるいは、田村さと子さん(※3)がラテン・アメリカヘ行ったりする。そこで、そこで一所懸命頑張(がんば)れるのはこの熊野という場所、ここで血を享(う)けた、この血っていうのは、そういう金勘定の場所じゃなくて、本当に魂を高揚(こうよう)する場所です。魂を、非常にスピリチュアルな場所だった。そこで生まれて、そこで陽の光を浴びて、そこで波の音を聴いてそこで風を受けて、そうして育ってきて、そういう感性を持っているんだと、そのことが、誰と、どこで生まれた奴(やつ)と、実は勝負してみても、喧嘩(けんか)してみても、ビジネスの闘いやってみても、あるいは、文学を競い合ってみても、いっこも引かない、ひとつもその劣等感みたいなものを持たない。むしろ、そこで生まれた俺の方が凄いんだという気持ちになる、その熊野なんです。その熊野が、ぼくは、いま、皆さん方、ここに住んでるのに気づいてないっていうこと。それを、ぼく、「ばちきったろかあー」ということで、皆さまとともに言いたいんです。こんなにいい場所に住んでるのに、こんなに大事な場所に住んでるのに、皆さま方それを、例えば新宮の人、あるいは勝浦の人、本宮の人、あるいは木本の人、そういう人達が、皆、こういういい場所に住んでいるのに、これを金勘定だけに捉(とら)えてしまっている。ぼくは、違うと思うんですね。これは、完全に間違ってると思うんです。

世界作家会議をやろう
「魂の問題」を話そう

 例えば、ぼくは、こういうここで隈ノ會が発会したあと色んなことを提案したい。例えば、ここで世界作家会議をやろうじゃないか。世界からいま文学の第一線にいて、世界の文学を担っている作家達を呼んできて、熊野で「魂の問題」を話そうじゃないか。例えば「革命の問題」を話そうじゃないか。「革命」っていうのは、単純に左翼が政権とるとか、そういうことじゃなくて、本当に新しくものごとを考えていくという、そういう問題を話そうじゃないか。あるいは、もちろん社会問題でもいいですし。そういう場所なんです。それができる唯一の場所なんです。東京で、世界作家会議をよくやります。東京のヒルトンホテルとか、あるいは京王プラザとか、色んな場所でやります。本当にそこが受け皿(ざら)かどうか、違います。それは全然違う。そこは、受け皿でも何でもない。単純に、ホテルとして便利なだけですよ。トイレは水洗、あるいはこう、ロックをすれば、ガチャッと締まる。せいぜい、そんな程度ですよ。あとから、下へ行ったら、コーヒーか喫(の)める。せいぜい、それぐらいですよ。要するに、作家達が求めてやまない、魂を、魂の受け皿っていう、そんなもん無いんですよ、東京には。唯一、ここですよ。そのことを、分ってほしい。ぼくは、これから、この会が発会したら、世界作家会議をしたい。あるいは、ぽくは戯曲も書くし、この間、本宮の大斎原(おおゆのはら)という所で、ぽくの作品のひとつである、「かなかぬち」っていうのを、上演さしてもらったんだけど(※4)、ああいう、ぼくの芝居(しばい)も含めて、あるいは日本で、もうちょっと、あんまり居ないんだけど、まあ一人や二人面白い劇作家居るとしたら、そいつも呼んで、あるいはアメリカから面白い劇作家呼んで、劇団呼んで、フランスからも呼んで、そういう世界演劇祭みたいな形、それを、皆で、やってみたい。そういう考え、持っています。

(注)

 1 本紙昭和六十二年一月二十一日号に「40歳同級生が故郷・新宮を語り合う」と題して、河村憲一氏との対談を掲載。
 2 一九一〇(明治四十三)年幸徳秋水らが、天皇暗殺を陰謀したとして、逮捕処刑された事件。十二名の無期刑者を出したが、この熊野の地からも六名の犠牲者を出した。現在の研究では、すべての者について、冤罪(えんざい)であった旨が、立証されている。新宮の医師、大石誠之助も刑死した一人であるが、父の友人で顔見知りであった若き佐藤春夫は、その衝撃を「愚者の死」に託して発表した。その中で、「うべさかしかる商人(あきんど)の町は歎かん」と、新宮町民を皮肉っている。
 3 詩人。新宮出身。中上健次と同級。「イベリアの秋」で第三回現代詩女流賞受賞。ラテンアメリカ文学専攻。「ラテンアメリカ現代詩集」の編訳。エッセイ集「南へ」など。最近、チリの亡命映画監督ミゲル・リティンの来日に際し案内役をつとめた。
 4 一九八六年七月十八日〜二十日、東京新宿のはみだし劇場が、外波山文明の演出、出演で「かなかぬち──ちちのみの父はいまさず──」を公演した。NHK教育テレビは、ETV8で「隠図の野外劇 かなかぬち」を九月二日に放映した。

【解説】「紀南新聞」昭和63年1月10日号に掲載。全集、著作集未収。隈ノ會結成イベントでの講演を辻本雄一氏が筆録し、注を加えた(見出しは新聞社による)。紙面には次の紹介文がある。「熊野文化の再興を目指す「隈ノ會」(荒尾 まこと(うかんむりに是)会長、会員六十人)の発足記念イベントで昨年夏、現代文学の旗手、中上健次氏=新宮高校出身=が、熊野の価値について基調講演を行った。氏は、世界文学のレベルで通用する数少ない日本の作家で、世界中を駆け巡って活躍しているが、その視点は絶えず熊野に置いている。新春特別企画として、この時の講演内容を掲載することにした。」


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管理人:ラストバルーン
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