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「熊野大学」事務所開きの挨拶

 「熊野大学」の開校(講)にあたりまして、西村記念館をお借りしまして、「熊野大学」の事務所を開きたい、と思っております。
 この西村記念館、つまり西村伊作さんのお宅だったのですけど、ここに、新宮の、あるいはこの紀南地方の芸術家達が、あるいは自由な考えを持った思想家達が集まって、まさにここに集まって、何十年ぐらい、百年ぐらい前になるんですかね、酒を飲んで、音楽を聴いて、芸術のこと、あるいはこの社会のことを話し合ったと思うんです。
 ここに来まして感じることほ、大正期の、非常に尖鋭的なリベラリズム、自由主義というんですかね、あるいは自由平等主義というような、僕はおそらく当時の、その、明治維新から引き継いだ、中心的な思想だと思うんです。その明治維新というのはどういうとこから来たかと言うと、世界史の潮流の中で、フランス革命なんかに、同じような波動を受けて、明治の、日本の変革が興ったと思うんです。
 ここで集まった過去の芸術家達は、この、回りにあるアジア的な環境、アジア的な社会体系、形態というものに対して、ある部分で共鳴しながら苛立っていた。おそらくこれは、僕らが今ここに来て、「熊野大学」を開校(講)するという時にも、同じような感情が内々にあると思うんですよね。
 我々は本当の人間になりたい、本当の自由で平等で、人を愛することができる、物を愛することができる、そういう人間でありたいと思うんだけれども、回りを取り巻くアジア的環境というものに足をとられて、ある時は長いものに巻かれるというふうになってしまったり、ある時は横暴な権力を許してしまったり、ある時は自分の芸術の志を曲げてしまうっていう、そういうことがおこったりする。
 だけど我々はもう少し見えていると思うんですよね。もう少し見えてるというか、社会がどんどん変化していまして、大正期と違って、アジアの中にも、いくつも見逃してはならない文化の、一種の豊饒な泉のようなものがあるということを、気付いていると思うんです。
 そのことを、僕達は先輩の、大先輩達のやったこと、考えたこと、あるいは、これからこういうことをしたいと夢に見たことを踏まえまして、新たにこの熊野の地で、世界に向かって、思想、芸術、あるいは人間の根本的なありよう、それを、新しく問うて行きたいと思います。
 どうか、皆さん。これは開かれた大学です。建物も入試もあるいは、入学金もいりません。開かれた大学です。一緒に、共に、誰が上、誰が下、誰が先生、誰が生徒っていうのではなくて、共に同じ次元に立つ人間として、その人間を目指して一緒に歩いてください。
 終ります。

【解説】太田出版『中上健次と熊野』に収録。一九九〇年六月三日、新宮市西村記念館にて行われた開校式でのあいさつ。初出は熊野大学機関誌「熊野回廊」創刊号(1990年7月)に収録されている。


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管理人:ラストバルーン
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