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〈インタビュー〉発熱するアジア
わが熊野わが文学

富岡 最後に一つ、ことしの秋ですか、熊野で──熊野というのは先ほどもちょっとお話が出ましたが、聖地であるとともに、日本の原点というか、怨念も漂うじつに不思議なところで──ずいぷん風変わりなイベソトをおやりになるんだそうですね。この場で、ちょっとPRをしていただけますか。
中上 秋じやなくて、八月四日の早朝から五日の早朝までの二十四時間です。和歌山県の本宮町というのがあるんですけど、熊野三山の一つである本宮大社の旧大社跡なんです。そこは百年前ぐらいの昔、洪水で神社が流れたとこなんですけど、その場所がとてもいいんですよね。そこで、二十四時間のイベントをやろうと考えてます。画家の黒田征太郎さんが絵を描くんです。本宮の今の新大社から旧大社にかけて布を張りまして、ぐるっと取り囲むようにして、その布がまた新大社まで戻るという非常に長い距離なんです。三キロぐらいあるんですかね。 富岡 三キロの絵を描く?
中上 ええ。韓国のサムルノリというのがありまして、パーカッショソの方なんですけど、その彼が音楽のリーダーシップをとって、僕が一〇〇〇行ぐらいの詩を書きます。つまり、言葉と音と絵とで二十四時間やってみようというわけです。タイトルが「熊野神璽」というんですけど。
富岡 神の事ですか。
中上 神の印ですね。それで、熊野は僕にとって故郷だし、一つのテーマです。熊野というのは、いろんなことを与えてくれるんです。「熊野」は「隈野」でもあるように、いってみれば隅っこの野原ですよね。これは、とても矛盾した言い方ですよ。本当は熊野なんていうのは存在しないとこです。ところが、日本の物語の中にいっぱい出てくるんです。例えば皆さんもご存知の武蔵坊弁慶という、あの大男は熊野出身なんです。下層庶民の中では「小栗判官」という物語がありまして、説経節ですけど、その「小栗判官」が甦る湯が熊野の本宮の湯峰の湯なんです。
 そういうことで、物語のうんと隠された奥のところにある、本当の力みたいなものとして熊野があるんです。もう一つ、「小栗判官」などに明らかなように、人が甦るという場所である。さらに言えば、あそこに実際に熊野詣した人たち、つまりご利益を求めて熊野詣した人たちの中には、病気の人がいっぱいいたんです。当時でいうと、不治の病といわれたレプラの人たちがいっぱいいたんですけど、熊野はそれを許容する場所でもあった。そうしたまことに優しい場所なんです。
 そうすると僕は自分の文学を、人間の本当の価値──もちろん人間は動物じゃないから、諍うことだってありますが、それを含めたうえでも、しかし人を愛することができる、もっと誇り高く生きることもできる──そういったプラスの面がいっぱいありますよね。人を優しくするとか、一本の花なら花を優しくみつめる眼を持つことができるといった、プラスの面というか人間の本当の価値というか、そういうものを自分の文学でしっかりと上手に表現したいんです。
 当然、それは熊野の意味と重なるわけです。それを引き出してくれるような絵と音楽ということで、音楽のほうで名前が挙がっているのは都はるみさんとか原田芳堆さんとか、僕なんかと日頃よくつき合ってもらっているミージシャンの方々と一緒に、熊野の意味を形として出したイベントにしたいんですね。(以下、略)

【解説】第三文明社『中上健次発言集成5談話/インタビュー』に収録。一九九〇年六月二十八日青山スパイラルホールにて開催された、朝日新聞社主催「アエラフェスタ90」公開インタビューより。インタビュアーは富岡隆夫氏。ここで語られたイベントを熊野大学の前身「隈ノ會」が中心となって行う予定になっていたが、諸般の事情により中止された。


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