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志としての都はるみ

 歌と文学が乖離(かいり)したのはいつからか、声と文字が離反し、それぞれが憎悪を抱き、敵意を潜め、あげくこの言の葉の繁るくにの、文物と芸能が地に堕したのは、何時からのことなのか?
 千年の霊地熊野で千年の都で誕生した歌手が歌声を上げる。都はるみが歌う。その意味に戦慄を禁じ得ないのは霊地熊野を背負った作家一人であろうか。いや、歳若い大兄たちの意識無意識の共感を得ることと信じる。
 熊野の霊地で作家中上健次は熊野大学を設立した。これはこのくにの言の葉が紡ぎ出す本当の思想としての熊野の発見を目指してのことである。
 熊野とは何か? 都に対立する周縁、アジール、蘇生の場所、トポス、ゾーン、ボーター、なによりも優しさに満ちた黒潮の洗う縄文の人々の生きる場所。ここから南島が見えアジアが見える。
 熊野大学は思想として熊野に問い、熊野を照射し、熊野から語りかける。その熊野大学が熊野本宮大社大斎原で都はるみのコンサートを企画した。入場料なし、スポンサーなしのコンサートである。あるのは志だけである。有志諸君、歳若い大兄たちの志が緊急に必要である。八月二日から五日熊野に馳せ参じないか? 八月四日の夕刻から夜までの、このくにの本当の芸能と文学のまつりに同志として立ち会わないか?

【解説】集英社『中上健次全集第15巻』、恒文社21『中上健次エッセイ撰集[文学・芸能篇]』に収録。1991年8月4日に中上健次氏がプロデュースした「都はるみ IN 熊野神社」のボランティアを募るために、「紀南新聞」(1991年6月6日号)に掲載された。野外ステージの設営、当日の場内整理など、熊野大学スタッフだけでは足らず、多くの人手が必要だった。この檄文に応えて熊野大学に参加したのが、杉浦圭祐君(現在俳人として活躍中)だった。


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管理人:ラストバルーン
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