いままで熊野大学進めてきまして、ぼくの「いのちとかたち」を読む行為はずっと続きます。何回か途中で、いままでも臨機応変にしたように、今回もとりあえず「いのちとかたち」のテキストから離れまして現実の話にもっていきたい。
ちょっと基調の話をしますと、皆、ぼくが喋っていること、あくまでぼくの意志はどんなに難しくても、皆様方からそれは分らんぞと言われたとしても、ぼくの喋っていること、講義していること、あるいはここで解釈していることは、つまり今の日本文学の、これがレベルなんだと。ぼくは、こう解釈し続けないと日本文学は存在しないんだと、そういう認識に、非常に生意気な認識、ある意味で非常に質素な認識というんですかね、そういうことに基づいて記してるわけで、決して、ここで面白おかしい話をしようとするために、毎月ここへ出てきてるわけじゃないということをご理解いただきたいんです。
ともすると、例えば話がスムーズに動かない時には、「いのちとかたち」というのは、日本文学論、あるいは日本の美意識論あるいは美学、日本論もっと突き詰めてゆくとアジアの日本論、極東の中の日本論、そういう所を踏まえて、いま展開しようとしている。決して読み易いものじゃないし、分り易いもんじゃない。簡単に分ってたまるかという気持ちもぼくにはあるし、ぼく自身も難しいなあ、分んないなあ、と思いながら喋っている。ひとつひとつ、ことばで、そこへゆかないことにはどうしようもないじゃないか。ゆかないと、われわれここに大きな変動期を迎えている。そういう場に手さぐりで、どもりどもりさぐってゆかないと、大きな変動期で、とんでもない所へ流されてしまうんじゃないか。そういう認識あるから、ひとつひとつ進めているということなんです。熊野大学開講しまして、外へ出てきて(ここ、高田グリーソラソドへ来て)、じゃあ一晩かかって話をしよう、とそういうわけなんです。
今日は、人間同士の触れ合いの場所にするのも、志ひとつだと思う。
ひとつ、説明というか、作家中上健次がおかしいではないか、という意見、多分これからもどんどん出てくると思うんですよね。
ぼくの文学とかなんかで言うと、組織を作ったり、そういう組織に一番反対してるやつじゃないか、まさにそうなんです。
熊野大学というのは、組織に反対する組織なんです。これは、われわれは、ここでみんな謳っているのは、こんなもの無いといえば無いんですよ、有るといえば有るんです。言ってることは、皆、先生もいないし、生徒もいないと、先生であり生徒であると。皆同じ地平に立ってるんだ、これは組識じゃなくて、一種リゾーム状の場所なんだと。他の、文化人類学で言うとトポスなんだと。あるいは磁場なんだと。ある、そこだけ磁力が妙に高いというか、そういう所なんだと。
ここでは普通の組織形態、そんなものはいっさい通用しない。だから熊野大学というのは建物も持たないし、入学試験もあるわけじゃないし、卒業なんかも何もないと。つまり志だけでできている。組織っていうのは、分るように、その組織を延命するために、さまざまな仕掛けを作っている。その仕掛けを作っていることによって、どんどん人間の志みたいなものが歪められてしまう、どんどん無くなってしまう。組織のための組織とか、だんだんおかしくなってくるんだけど、そうじゃないんだという所から、組織に対する反組織というかね、反組織に対するさらなる反組織っていう、永久革命みたいなもんですよね。いまの時代に永久革命なんて言っても流行らないと思うんだけど。
だからこの熊野大学というのほ、恐らくここに集う人間たちはそれぞれのものを持ってくると思うんです。で、これだけ分っていただきたいのは、その人々の志の高さで、熊野大学は存在するということですよね。
ぼくは毎回、今日は別の形になってますけど、とりあえず日本論を展開している。さらに、日本論の遠方に、要するに山本さんの『いのちとかたち』を読んだ後に、折口信夫か、あるいは別のものをやろうと思うんですけどもね。そうやって、もう少し山本さんの見えてるものを広げていこうと思うんだけど。さらに自分の考えてるものを、例えば、熊野と言うんだけど、熊野は本当に存在するんだろうかと思うんですよ。地方として、熊野地方として何となしに存在するんだけど、われわれは今、熊野と言ってるんだけど、本当に存在するんだろうか。恐らく存在しないんですよ。志の中にしか存在しないんです。
そのために、これを、存在しないものをはっきりさせるために、はっきり存在するのを、こう、つかみ出すために、熊野のここで、熊野大学の中でね、「熊野学」の一環として、例えば沖縄を考える、ということをやってみたいと思うんです。あるいは南洋を、南方を考えたい、そういうことも講座の中に入れたいし、今、俳句やってるっていうのは、説明しますと、熊野大学は俳句学校じゃ全然なくて、俳句の中に見えてる熊野だということなんです。
【解説】太田出版『中上健次と熊野』に収録。熊野大学機関誌「熊野回廊」第二号(1990年8月)が初出。90年7月21日高田グリーンランドにて一日がかりのささやかなイベントが行われた。昼間は俳句吟行、夕刻は薫製作り、そして夜は中上健次氏を取り囲んで一晩語り明かすという、まるで林間学校のような内容だった。その席(中上健次さんを囲んでの「何でも言いたい放題」)で中上氏は参加者から質問を募り、それに答えて自分の考えていることを丁寧に説明した。この文はその内中上氏の回答だけをまとめたもの。後半の質問は私「ラストバルーン」が「熊野に来たら中上健次が会を作っているのでびっくりした。どちらかと言えば中上さんは会を壊す人だと思っていたので。」と感想を述べたのに答えたもの。とにかく非常に丁寧に応えてくれたことが印象深く残っている。