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管理人室

管理人日誌&更新記録  熊野大学の活動のほかに、中上さんについて知り得た情報、熊野の様子などを書き込んでいきます。毎日は続かないでしょうが、細く長く続けていく予定です。(はじめから、ひよりモード)あとこのサイトの更新記録もこちらに書き込んでおきます。

管理人について

 ラストバルーンが熊野大学に関係して早10年以上経ちました。そのころは中上さんも元気で、せっかく熊野に職を得たのだから一度顔を見てやろうと思って連続講座に参加したのがきっかけです。まさかそんなに早く亡くなるとは思っていなかったので、あまり話をしなかったのが今となっては心残りです。(サインぐらいもらっておけばよかった。)最後の会話は忘年会の時、連載が終わったばかりの『軽蔑』について拙い感想を聴いていただきました。中上さんはうんうんと頷くだけでしたが、自分みたいなものの話でもきちんと聴いてもらえるんだと感動しました。調子に乗って、熊野大学の裏方のお手伝いをさせて欲しいと申し出たところ、「分かった」とご返事いただきましたが、翌年入院逝去と思いも寄らぬ展開となり、熊野大学の存続そのものが危ぶまれる状態になりました。その後スタッフの間で熊野大学存続が決まり、スタッフを補充する為に、事務局の森本さんの推薦で裏方のお手伝いをさせていただくことになり(と、胸張って言えるほどやってないですね、はい)、今に至ります。

「Internet熊野大学」公開への道

 1997年夏のセミナー後、休み中に「熊野大学」のホームページを作ろうと思い立ち、少し作るが、写真を集めたりするのが面倒になって、そのうちにやることにしようとすぐひよる。
 その年暮れ、事務局のメンバーが集まったときに計画を発表、満場一致で公認を得る。写真も少し集まったので少し頑張ろうと思うが、でかいスキャナを準備するのが嫌さに(当時のスキャナは高くてでかかった)、また、ひよる。
 ハードディスクの中で、以後三年間熟成させる。(でも変化なし、当たり前。)
 2000年夏のセミナーで、セキネヤスヒロ君のサイト「CAPE.2.01」で情報を仕入れた受講生が意外に多いことを知り、ネットの力に「こりゃいかん」とあわてる。9月にかけてそこそこ作り、非公開判として某所にアップ。が、何となく気に入らないのと、10月に急に仕事が多忙になり、一般公開前にまた投げ出してしまう。
 2001年年頭、今年の夏のセミナーに間に合わせるためには「もう今やらないと」とあせる。これ以上ひよらないように職場の同僚に協力をお願いする。
 1月下旬「隈ノ會」「熊野大学」の過去の歴史を調査し始める。そのころ、協力者と新聞地方版に「隈ノ會」と「熊野大学」の紹介記事を書いたので、こちらにアップしておきます。熊野大学の概要がまとめてあります。「隈ノ會」と「熊野大学」その後、協力者は退職し、ラストバルーン一人の体制になる。
 2003年セミナーにて、参加者の半分以上がネットからだったことに驚き、サイトを強化する必要性を感じる。利用していたところが商用不可だったのと(熊野大学は決して営利団体ではないが、セミナー聴講費を集めるので、そう思われる可能性があった)、シンポジウムの紹介で容量を超えたこと、メールと掲示板が廃止されたことが重なり、独自サーバでの運営を決める。  で、なんとかここに漕ぎ着けたわけですが、いかがでしょうか。基本的には、活動の紹介とセミナーへの申込、中上さんに関する情報交換が目的ですが、いろいろと集めた資料があるので、それらも少しずつ公開していく予定です。乞うご期待。



管理人:ラストバルーン
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