1987年隈ノ會結成、8月15日に新宮市で結成イベントを行う。
1988年大きな活動は特になし。中上健次氏の文学を紹介するフランスのテレビ取材に協力。熊野大学構想を準備。
1989年新年早々から熊野大学準備講座を発足し、以後毎月一回約30回開かれる。8月隈ノ會主催で結成3周年記念イベント「ばちきったろかぁ─胎動する熊野─」を挙行。
1990年6月3日新宮市で熊野大学が正式に開講される。連続講座、毎月開講。
1991年8月4日本宮で「都はるみ IN 熊野神社」を挙行。冬、「お灯まつりセミナー」実施を発表。連続講座、6月まで毎月と12月に開講。
1992年2月4〜6日、「お灯まつりセミナー」を実施、中上健次氏入院のため欠席。8月12日中上健次氏逝去。
ざっと見てもお分かりいただけると思いますが、この六年間中上健次氏はかなり精力的に活動されていました。連続講座で力を蓄え、大きなイベントで熊野を世界に示威し、その注目を連続講座に還流する、こうした目論見があったのではないかと思います。もちろんその先は熊野の浮上であり、「熊野の思想」の発信、世界とのリンクだったはずです。
当時の新聞記事、資料、関係者からの証言をもとに、ラストバルーンの憶測を交えながら、中上健次氏の跡をたどってみたいと思います。が、すみません。以下はすべてまだ工事中です。
| 1987年 | 1990年 |
| 1988年 | 1991年 |
| 1989年 | 1992年8月まで |